羞恥心は信仰の一部である。なぜならそれは罪深いことを止めさせ、義務行為を行わせるからである。アッラーへの信仰が心を満たした時、このような影響が起きる。こうしてそれは罪深い行為を禁じ、義務行為へと駆り立てることになる。羞恥心はこのようにして、僕に与える利益による影響という側面において、信仰と同じ地位にまで上りつめる。