「ドゥアー(祈願)は崇拝行為である。」これは、アッラーに祈願することが、被造物がアッラーを崇拝するにあたっての崇拝行為の基本であることを示している。なぜなら人間はアッラー以外のものに対する希望を断ち、無力さをさらけ出し、自分の主だけを祈願し、それ以外のものには心が向かわないような状態の時、アッラーの完全性と、かれが祈願に応じてくれるお方であることを認めるからである。また、かれが全てをお聞きになり、近くにおられるお方であり、全能のお方であることを認めるのである。これこそは崇拝行為の真実であり、タウヒード(アッラーの唯一性信仰)の真髄である。 一方、「ドゥアーは崇拝行為の真髄である」という言葉は、崇拝行為がそれなしでは成立しないところの、崇拝行為の基軸であり魂であるという意味である。それはちょうど、人間が脳なしでは成立しないようなものである。