アッラーの使徒(アッラーからの祝福と平安あれ)はこのアーヤ(節)を読んだ:「かれは、この啓典(クルアーン)をあなたに下されたお方。その中には、啓典の母である明確なアーヤと、(それとは)別の紛らわしいアーヤがある。心に歪みがある者たちは(人々の)誘惑を望み、(好き勝手な)解釈を求めて、意味が紛らわしい部分に従うのだ。アッラーと、”私たちはこれ(クルアーン)を信じた。(これは)全て我らが主の御許からのものである”と言う、知識が深く根ざした者たちの外、その(真の)解釈を知るものはないというのに。澄んだ知性の持ち主以外、教訓を受けることはないのだ。」(クルアーン3:7)このアーヤの中でアッラーは、以下のことを伝えている:アッラーがその預言者にクルアーンを下したお方であること。その中には意味が明らかで、その規定も明白で疑念の余地もないアーヤがあるが、それが啓典の母であり、立ち返るべき典拠であり、相違点があった際の根拠である。他方、クルアーンの中には複数の意味に解釈できるものもあり、ある種の人々にとってその意味が分かりにくいようなものもある。アッラーはこれらのアーヤに関する人々の対応の仕方を説明し、心が真理から逸れている者たちは疑念を生じさせ、人々を迷わせることを望み、自分たちの私欲に応じた形に解釈するために、明確なアーヤではなく意味が紛らわしく見えるアーヤに依拠する、としている。一方で確固とした知識を持つ者たちは、このような紛らわしく見えるアーヤがあればそれを明確なアーヤによって判断し、それを信じ、それがアッラーの御許からのものであること、そこに何の疑念も矛盾もないことを信じるのである。しかしそのような熟考を得るのは、健全な理性を備えた者たちだけである。それから預言者(アッラーからの祝福と平安あれ)は信仰者たちの母アーイシャ(アッラーのご満悦あれ)に、こう言ったのである:だから、(クルアーンの)意味が紛らわしい部分に従う者たちを見たら、それらの者たちこそがアッラーが言っている者たちである。彼らに気をつけ、彼らの言うことを聞くのではない。